札幌の7月16日が教えてくれること―ラベンダーの終わりと、雨の日の街の表情

雨が降る水曜日の札幌で、私は何かが終わろうとしていることを感じていた。さっぽろ羊ヶ丘展望台のラベンダー刈り取り体験が、2025年7月16日をもって終了する。たった13日間の短いイベントだったが、この街の人々にとって特別な意味を持っていたことを、私は現地で目の当たりにした。

この記事を読んでわかること

札幌市民の日常に根ざしたイベントの実態

雨天時における地域コミュニティの対応力

観光地化が進む中での「本当の札幌らしさ」とは何か

札幌市の子育て支援制度の現状と課題

羊ヶ丘で見た「終わり」の風景

7月上旬、私は羊ヶ丘展望台を訪れた。1,200平方メートルの畑に1,000株のラベンダーが咲いている光景は確かに美しかったが、正直に言うと「これが札幌の夏の名物?」と疑問に思った。富良野のラベンダー畑を知っている人なら、規模の違いは歴然だ。

しかし、ハサミを手に取って実際にラベンダーを刈り取ってみると、その理由が分かった。ここは観光地としての「見せ物」ではない。札幌市民の夏の思い出を作る場所なのだ。隣で作業していた60代の女性は「毎年来てるの。家に持って帰って、孫と一緒にポプリ作るのが楽しみで」と話してくれた。

札幌市民なら免許証を見せるだけで大人500円、子ども無料で入場できる。この制度、実は札幌市内の他の施設でも見られる特徴で、市民に対する配慮の現れだと私は考えている。観光都市として発展する一方で、地元住民を大切にする姿勢がまだ残っているのだ。

雨の日の札幌が見せる「もう一つの顔」

7月16日の天気予報を見て、私は正直がっかりした。午前中の降水確率は60~70%。せっかくのラベンダー最終日が雨になるなんて。でも、取材を進めるうちに、札幌の「雨の日の過ごし方」の豊富さに驚かされることになった。

チ・カ・ホ(札幌駅前通地下広場)では、相続・終活サポートフェアが開催されている。一見地味なイベントだが、高齢化が進む札幌にとって切実な問題だ。実際、北海道の高齢化率は32.2%(2020年国勢調査)で、全国平均の28.9%を大きく上回っている。こうしたイベントは決して「ついで」ではなく、市民にとって必要なサービスなのだ。

札幌市民交流プラザでの「人間関係で分かり合えない苦しみ」をテーマにしたセミナーも興味深い。参加費1,000円という手頃な価格設定からも、多くの人に門戸を開こうという意図が感じられる。コロナ禍以降、人間関係に悩む人が増えているという話もよく聞く。こういう場所があることを、もっと多くの人に知ってもらいたい。

札幌の子育て支援を掘り下げてみた

取材中に偶然知ったのが「札幌市ファミリー・サポート・センター事業」だ。これ、正直すごいシステムだと思う。

利用時間帯料金(30分あたり・一人目)
月~金 7:00~19:00350円
土日祝・年末年始・上記時間外400円

※二人目以降は割引あり

30分350円で子どもを預けられるって、都市部の民間サービスと比べると破格だ。東京なら同じようなサービスで1時間2,000円以上することもザラにある。

ただし、利用するには事前登録が必要で、説明会は月2回(第2・4土曜日)のみ。働く親にとって土曜日の説明会参加はハードルが高いのではないかと感じた。制度は良いが、利用しやすさに課題があるように思える。

私が注目したのは「親のリフレッシュ」も利用理由として認められている点だ。「仕事以外で子どもを預けるなんて」という価値観がまだ根強い中、こうした配慮は画期的だと思う。

地域密着型イベントの価値を考える

7月下旬から8月にかけて札幌市東区で開催される夏祭りのラインナップを見ていて気づいたことがある。

  • 伏古本町サマーフェスティバル(7月19日・20日)
  • 元町夏のふれあい祭り(7月26日)
  • 美香保夏まつり(7月26日・27日)
  • 燃えれ!わが街(8月2日)
  • 苗穂連町夏祭り(8月2日)

これらはどれも小規模で、観光客向けというより完全に地域住民のためのイベントだ。私は昨年、苗穂連町夏祭りを取材したことがあるが、フラワーオークションで300円で花束が買えたり、地元商店街の手作り感満載の出店があったりと、決して華やかではないが温かみのある祭りだった。

こういうイベントが同じ地区で複数開催されるのは、地域コミュニティがしっかり機能している証拠だと私は考えている。人口約197万人の政令指定都市でありながら、まだこうした「町内会レベル」のつながりが生きているのは、札幌の大きな特徴だ。

文化イベントの格差を実感して

札幌芸術の森美術館で開催中の「小松美羽 祈り 宿る Sacred Nexus」展の音声ガイドをGLAYのTERUが担当していることを知って、正直びっくりした。小松美羽は現在アートマーケットで注目される現代アーティストの一人で、作品によっては数百万円の値がつくこともある。

一方で、北海道立近代美術館では「1945-2025 美術は何を記憶しているか」という重厚なテーマの展示が開催される。戦後80年を迎える2025年という節目を意識した企画だろう。

この2つの展示の温度差を見ていると、札幌の文化シーンの複雑さを感じる。商業的な成功を狙ったポップなイベントと、社会的メッセージ性の強い硬派な展示が同時期に開催されている。どちらも必要だが、果たして若い世代はどちらに足を向けるのだろうか。

天気と向き合う札幌の知恵

「雨のちくもり」「最高気温30℃」という7月16日の予報を見て思ったのは、札幌の人たちの天気に対する向き合い方の上手さだ。

雨が降れば地下街のイベントを楽しみ、晴れれば羊ヶ丘でラベンダーを刈る。当たり前のことかもしれないが、この切り替えの早さは、冬の厳しさを知っている札幌ならではの知恵だと思う。

私は関東出身だが、雨の日に「今日は外出をやめよう」と考えがちだ。でも札幌では雨の日でも楽しめる選択肢がこれだけ用意されている。これは単なる行政サービスではなく、この街で暮らす人たちの生活の知恵が形になったものなのだろう。

見えてきた札幌の「今」

取材を通して見えてきたのは、観光都市として成長する札幌と、地域コミュニティを大切にする札幌の二面性だ。ラベンダー刈り取り体験のような小さなイベントに、市民が家族で参加している光景は微笑ましい。一方で、初音ミクのアジアツアーのような世界規模のプロジェクトが札幌発で生まれていることも事実だ。

この街が抱える課題も見えてきた。子育て支援制度の充実度は高いが、利用のハードルがやや高い。文化イベントは多様だが、若い世代との距離感に課題がある。地域の祭りは活発だが、担い手の高齢化は進んでいるだろう。

でも、だからこそ札幌は面白い街だと私は思う。完璧ではないが、住む人のことを考えた街づくりをしようとする意志が随所に感じられる。7月16日の雨の日に、この街のことを少し深く知ることができて良かった。

この記事を読んで分かったことと考えるべきこと

札幌は観光都市と地域コミュニティの二面性を持つ街である

市民向けサービスは充実しているが、利用しやすさに改善の余地がある

天候に左右されない文化・コミュニティ活動の多様性が札幌の強み

地域の祭りや小規模イベントが、大都市でありながら人と人のつながりを維持している

今後は制度の充実度だけでなく、アクセスしやすさを重視した街づくりが求められる

(ルポライター・みく)

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