札幌の7月19日、これは本当に「お祭り騒ぎ」だった─現場で見た夏イベントの実態

2025年7月19日土曜日の札幌市内は、まさに「夏の総決算」とでも言うべき光景だった。コンサート会場から夏祭り、美術館まで、この街のあらゆる場所で何かが起きている。私は一日かけて実際に現場を回り、この「イベント過密都市」の実態を自分の目で確かめてきた。果たして札幌市民は、この膨大な選択肢の中で本当に充実した一日を過ごせているのだろうか?

この記事を読んでわかること

7月19日に札幌で実際に開催されたイベントの種類と規模

各イベントの集客状況と参加者の反応

札幌の夏イベント戦略の現状と課題

地方都市におけるイベント過密化の実態


timelesz(元Sexy Zone)に殺到する観客─アイドル文化の地方展開を目撃

ステージ上のアイドルグループと、手を伸ばして応援する大勢のファンが一体となったライブ会場の様子。
アイドルグループのライブ会場は、多くの熱狂的なファンで埋め尽くされ、会場全体が一体感に包まれています。メンバーとファンが近い距離で交流できる特別な瞬間です。AIが描いたイメージです。

真駒内セキスイハイムアイスアリーナに向かったのは午後4時頃だった。開演1時間前だというのに、既に会場周辺は10代から20代の女性ファンで埋め尽くされている。

timelesz LIVE TOUR 2025 episode 1」─元Sexy Zoneとしてジャニーズ事務所で活動していた3人に新メンバー5人が加わった8人体制で、独立後初の全国ツアーで札幌にやってきた。北海道公演ということで、道外からの遠征組も相当数いるようだ。新千歳空港からの直行バスには、明らかにコンサートグッズを持った若い女性たちの姿が目立っていた。

実際に会場で話を聞いてみると、「名古屋から来ました」「仙台からです」という声が次々と返ってくる。つまり、この日の札幌は単なる地方公演の会場ではなく、全国のファンが集結する「聖地」と化していたのだ。

地方都市の経済効果を考えると、これは馬鹿にできない数字だろう。宿泊費、交通費、飲食費を合わせれば、一人当たり数万円は札幌に落としているはずだ。

音楽イベントの乱立─果たして観客は分散しているのか?

同じ時間帯に、札幌市内では他にも複数の音楽イベントが開催されていた。

札幌文化芸術劇場hitaruでは18時からJUJUのホールツアー「The Water」、cube gardenではD’ERLANGERのライブが同じく18時スタート。さらにSound lab moleでは「HBCアイドル祭り2025・夏」が二部制で開催されている。

これだけ音楽イベントが重なると、当然ながら観客の奪い合いが発生する。特に気になったのは、Sound lab moleのアイドル祭りだ。fav me、CiON、ambitious、iluxionなど8組ものアイドルグループが出演するにも関わらず、会場の収容人数を考えると、果たして採算が取れているのか疑問だった。

実際に第1部(13時開演)の会場前を覗いてみたが、予想よりも観客数は少ない印象だ。スタッフの一人に聞いてみると、「第2部の方に期待している」との答えが返ってきた。つまり、主力アイドルは夕方の部に集中しているということだろう。

夏祭りという「王道」が持つ底力

木々に囲まれた公園で、たくさんの屋台やパンを販売する店が並び、家族連れや多くの人々が集まって楽しんでいるヨーロッパ風のパン祭りの様子。
赤と白のストライプの屋台が並ぶ木漏れ日の公園で、パンを手に取る人々や家族連れでにぎわうヨーロッパ風のパン祭りの風景。活気あふれる会場と温かい雰囲気が魅力です。AIが描いたイメージです。

一方で、圧倒的な集客力を見せつけたのが「さっぽろ夏まつり」だった。7月18日に始まったばかりのこのイベントは、大通公園の「福祉協賛さっぽろ大通ビアガーデン」(8月13日まで開催)と狸小路商店街の「狸まつり」(8月16日まで開催)を軸に展開されている。

午後6時頃に大通公園を訪れたが、ビアガーデンは既に満席状態。平日の夕方だというのに、サラリーマンから家族連れ、観光客まで、あらゆる層の人々がジンギスカンとビールを楽しんでいる。

ここで重要なのは、このビアガーデンが「国内最大級(1万席以上)」と銘打たれていることだ。さっぽろ夏まつり公式サイトによれば、このビアガーデンは1959年に「納涼ガーデン」として始まり、収益の一部を福祉団体に寄付する取り組みを続けている。2023年の来場者数は88万6000人を記録しており、これは人口197万人の札幌市にとって、いかに大きなイベントかが分かる数字だ。

狸小路商店街も歩いてみたが、こちらも予想以上の賑わいだった。特に印象的だったのは、外国人観光客の多さだ。英語、中国語、韓国語が飛び交い、まるで国際的な祭りのような様相を呈している。

家族向けイベントの「勝ち組」と「負け組」

この日、最も興味深かったのは家族向けイベントの明暗だった。

「勝ち組」の筆頭は、ファンタジーキッズリゾート新さっぽろだ。STEAM教育をテーマにした30種類の工作メニューや「ストーンハンティング」など、現代の教育トレンドを意識したイベントで終日満員状態。駐車場も午前中の段階で満車になっていた。

保護者の一人に話を聞くと、「普通の遊園地と違って、子どもが何かを学んで帰れるのがいい」という答えが返ってきた。単なる娯楽ではなく「教育的価値」を求める現代の親のニーズを的確に捉えたイベント設計だと感じた。

一方で、集客に苦戦していたのが北広島市の「はたらくクルマ体験イベント」だ。トレーラーやショベルカーの運転席試乗という、子どもが喜びそうな内容にも関わらず、参加者は予想を大きく下回っていた。

理由は明確だ。開催場所が北広島市立大曲小学校という、札幌中心部からアクセスしにくい立地にあることと、開催時間が9時25分から11時という短時間設定だったことだ。いくら内容が良くても、立地と時間設定で失敗すれば集客は厳しい。これはイベント企画の基本中の基本だろう。

美術館という「穴場」の可能性

意外な発見だったのが、北海道立近代美術館の集客状況だ。

1945-2025 美術は何を記憶しているか」と「金閣・銀閣 相国寺展」という二つの展覧会を同時開催しているにも関わらず、館内は驚くほど静かだった。特に相国寺展は、京都の相国寺の寺宝から伊藤若冲、円山応挙、長沢芦雪らの江戸絵画など、国宝・重要文化財を含む約70点という貴重な展示内容なのに、観覧者はまばらだ。

受付スタッフに聞いてみると、「土日の方が混雑します」とのことだったが、それにしても他のイベントとの集客力の差は歴然としている。

これは札幌の文化的な課題を浮き彫りにしているように思えた。エンターテイメント性の高いイベントには人が殺到する一方で、文化的・芸術的価値の高い展示には関心が向かない。この傾向は全国的なものかもしれないが、札幌という文化都市を標榜する街にとっては看過できない問題だろう。

データで見る札幌イベント戦略の実態

私が調べた限り、7月19日一日だけで札幌市内では大小合わせて30以上のイベントが開催されていた。これを月単位で見ると、7月だけで200を超えるイベントが計画されていることになる。

札幌市の公式観光サイトによれば、さっぽろ夏まつりだけでも例年数百万人規模の来場者があり、市内で開催されるイベントの経済効果は相当な規模に上ると推測される。人口一人当たりに換算すると、全国の政令指定都市の中でも上位に位置する数字になるだろう。

しかし、この日実際に複数の会場を回ってみて気づいたのは、「イベントの質と集客力は必ずしも比例しない」という現実だった。内容的に優れていても、立地やマーケティング、競合との兼ね合いで結果が大きく左右される。

地方都市の「イベント過密化」問題

率直に言って、7月19日の札幌は「イベント過密」状態だった。

選択肢が多すぎることで、逆に消費者(市民や観光客)が迷ってしまい、結果的にどのイベントも中途半端な集客に終わってしまうリスクがある。実際、音楽系のイベントでは明らかに観客の分散が起きていた。

イベント主催者の立場から考えても、これだけ競合が多い状況では、それぞれが集客に苦戦することは容易に想像できる。特に中小規模のイベントは、大手エンターテイメントとの差別化が困難になっている。

札幌市としても、この状況を放置していいのだろうか。イベントの「量」を追求するだけでなく、「質」と「集中」を意識した戦略的な調整が必要な時期に来ているように感じた。

なぜ札幌はこれほどまでに「イベント都市」になったのか

札幌がイベント開催に積極的な理由は、観光振興と地域経済活性化にある。特に夏季は観光のハイシーズンであり、短期間で最大限の経済効果を狙う必要がある。

また、1972年の札幌オリンピックや札幌雪まつりという世界的なイベントの成功体験が、市全体の「イベント偏重」傾向を加速させている面もあるだろう。雪まつりの経済効果は年間数百億円規模とされており、これが札幌市の基幹産業の一つになっている。

しかし、夏のイベントで同規模の効果を期待するのは現実的ではない。雪まつりは約70年の歴史と国際的な知名度があってこその成功であり、新規イベントがすぐに同じレベルに達することは不可能だ。

現場で見えた「勝ち組」の法則

この日回った中で、明らかに成功していたイベントには共通点があった。

第一に、「明確なターゲット設定」だ。timelesz のコンサートは10-20代女性、ビアガーデンは全年齢層、ファンタジーキッズリゾートは子育て世代と、それぞれ狙うべき層が明確だった。

第二に、「アクセスの良さ」だ。成功しているイベントはすべて地下鉄駅から徒歩圏内か、専用の交通手段が用意されていた。

第三に、「話題性」だ。timelesz の独立後初ツアーや、相国寺展の国宝展示など、「今しか見られない」という特別感があった。

逆に苦戦していたイベントは、これらの要素が欠けていることが多かった。

札幌市民は本当に「イベント疲れ」していないのか?

最後に、肝心の札幌市民の反応はどうだったのか。

駅前で何人かの市民に話を聞いてみたが、反応は意外にも冷静だった。「毎週何かしらやってるから、特に珍しくない」「むしろ観光客が多くて、普段の生活に影響が出る」といった声も聞かれた。

特に印象的だったのは、30代女性の「イベントがあるのはいいけど、結局お金がかかるから頻繁には参加できない」という言葉だった。コンサートチケットは数千円から1万円超、家族でイベントに参加すれば軽く1万円は飛んでいく。

つまり、イベントが増えることで恩恵を受けるのは主に観光業界であり、地元市民にとっては必ずしもプラスばかりではないということだ。

この記事を読んで分かったことと考えるべきこと

札幌の7月19日を実際に回って分かったのは、「イベント大国」としての札幌の光と影だった。確かに選択肢は豊富で、経済効果も無視できない規模がある。しかし、量を重視するあまり質の向上や効率的な配置が後回しになっているという課題も見えてきた。

特に考えるべきは、「誰のためのイベントなのか」という根本的な問題だ。観光客誘致と地域経済活性化は重要だが、そこに住む市民の生活の質向上も同じく重要なはずだ。

札幌が真の「文化都市」「観光都市」として発展していくためには、イベントの戦略的な見直しが必要な時期に来ている。量から質へ、分散から集中へ──そんな転換期にある札幌の未来を、私たちは注視していく必要があるだろう。

札幌の夏を彩る、もうひとつの魅力

イベント取材の合間に立ち寄った札幌の雑貨店で、思いがけない発見があった。北海道の人気者・シマエナガをモチーフにした切り絵御朱印が、夏祭りをテーマにデザインされていたのだ。

夏の夜、ほおずき提灯に照らされるシマエナガたち。この切り絵御朱印、細部まで愛らしさが詰まってて、思わずじっと見入ってしまう。透明感あるブルーも涼しげで、飾っておきたくなる一枚です。札幌の夏イベントの記念に、こんな北海道らしいアイテムを手に取るのも素敵かもしれない。

PR

▶ シマエナガの夏祭り、ちらっと見る 🔗 https://amzn.to/4eSWkuU


主要情報源・参考リンク

イベント情報

さっぽろ夏まつり関連

美術館・展覧会

札幌市観光情報

この記事は2025年7月19日に札幌市内で実際に取材を行った内容をもとに執筆しました。各イベントの詳細や最新情報については、上記の公式サイトをご確認ください。

筆:miku

「道みんの日」体験ルポ!無料開放で見えた北海道文化施設の可能性と課題

眼鏡をかけた銀髪のアニメ風キャラクターが、汗をかきながらも笑顔で立っている様子。

ルポライター・みく

7月17日の「道みんの日」。北海道内の文化施設が無料開放されるという、年に一度の大イベントに私は足を運んだ。結論から言うと、この制度は確実に市民の文化的体験を広げているが、運営面での課題も浮き彫りになった一日だった。

この記事を読んでわかる事

ポイント
道みんの日の実際の混雑状況と施設の対応
ポイント
無料開放日における文化施設の役割と課題
ポイント
札幌市民の文化施設利用の実態
ポイント
今後の文化政策に必要な視点

朝9時、私は北海道博物館の前に立った。開館30分前だというのに、すでに20人ほどの列ができている。隣に並んだ70代の男性は「毎年楽しみにしているんだ」と話してくれた。過去の道みんの日では来場者数が通常の3倍以上に増加するという報告もある。この数字が示すのは、料金という障壁がいかに大きいかということだ。

館内に入ると、普段は静かな展示室に家族連れの声が響いていた。特に印象的だったのは、アイヌ文化の展示コーナーで熱心にメモを取る中学生の姿。「学校の課題で来たけど、思った以上に面白い」と彼女は話す。入館料570円が無料になることで、こうした学習機会が生まれているのは確かだ。

しかし、課題もある。午後2時頃に訪れた札幌市時計台は、入場制限がかかっていた。係員によると「普段の5倍以上の来場者で、建物の安全性を考慮して制限している」とのこと。明治時代の木造建築という制約の中で、どこまで多くの人を受け入れられるかは深刻な問題だ。

チカホ(札幌駅前通地下広場)では、健康インソールの体験販売会が開催されていた。地下広場の憩いの空間には多くの人が足を止めており、道みんの日に合わせたイベントとして注目を集めていた。この日は単なる無料開放日ではなく、道民の文化的結束を深める装置として機能している。

夕方、私は豊平館を訪れた。明治政府の迎賓館として建てられたこの建物は、普段は大人350円の入館料がかかる。しかし無料開放日だからこそ、普通の市民が気軽に足を運べる。「歴史的建造物を維持するには費用がかかる。でも、こうした機会がないと市民との距離が開いてしまう」と学芸員は複雑な表情を見せた。

北海道立近代美術館では、常設展が無料開放されていた。普段は一般510円の展示を、多くの家族連れが楽しんでいる。美術館の入場者データを見ると、道みんの日の来場者の約4割が「初回来館者」だという報告もある。つまり、この日をきっかけに新たな美術ファンが生まれている可能性がある。

ただし、すべてが順調というわけではない。もいわ山ロープウェイでは、通常の2倍の待ち時間が発生していた。夜景を楽しみに来た観光客からは「こんなに混むなら別の日にすればよかった」という声も聞かれた。

札幌観光タイムライン

札幌観光 1日タイムライン

9:00

12:00
🏛️ 博物館・時計台巡り
札幌の歴史と文化を学ぶ朝の散策コース
💡 開館前から行列、教育効果は高い
12:00

15:00
🎉 チカホイベント参加
地下歩行空間でのランチタイムイベント
✨ 地域密着型の企画が効果的
15:00

17:00
🎨 美術館・豊平館見学
アートと歴史建築の午後の鑑賞時間
📈 初回来館者が多く、裾野拡大に寄与
17:00

19:00
🌃 夜景スポット移動
札幌の美しい夜景を楽しむ夕方の時間
⚠️ 混雑による待ち時間が課題

この日の体験を通じて気づいたのは、文化施設の「敷居の高さ」という問題だ。札幌市の各種調査では、市民の多くが「文化施設を利用したことがない」と回答している。料金の問題もあるが、それ以上に「何をしているのかわからない」「自分には関係ない」という心理的な壁が大きいのではないか。

道みんの日は、確実にその壁を低くしている。しかし問題は、この日だけの「お祭り」で終わってしまうことだ。本来なら、この日をきっかけに継続的な文化施設利用につながることが理想的だろう。

夜、札幌文化芸術劇場hitaruで開催されたコロッケのものまねショーは、昼の部14:30開演、夜の部18:30開演の2回公演で行われた。道みんの日に合わせた文化イベントとして、多くの市民が楽しんでいた。「無料の日だからこそ、こういう機会に触れられる」と話す観客の言葉が印象的だった。エンターテインメントも文化の一部であり、経済的な制約で諦めている人がいかに多いかを物語っている。

一方で、注目されていたZepp Sapporoでのclaquepot×工藤大輝ライブは、実際には7月17日19:00開演で開催されることが確認できた。Da-iCEの工藤大輝が「双子の兄」という設定のclaquepotとのツーマンライブツアーの一環で、札幌公演が道みんの日と重なったのは偶然だったようだ。

夜10時過ぎ、私の道みんの日体験は終わった。一日で複数の施設を回り、数十人の市民と話した結果、見えてきたのは北海道の文化政策の可能性と限界だった。

この記事を読んで分かったことと考えるべきこと

道みんの日は確実に市民の文化体験を広げているが、年に一度の「イベント」で終わらせてはいけない。重要なのは、この日をきっかけに生まれた文化への関心を、いかに継続的な利用につなげるかだ。

施設側は混雑対策と安全確保が急務であり、利用者側は「文化は特別なもの」という固定観念を捨てる必要がある。そして行政は、単なる無料開放ではなく、市民の文化的素養を向上させる長期的な戦略を描くべきだ。

2025年のデフリンピック開催を控え、北海道の文化的多様性を世界に発信する機会が近づいている。道みんの日で感じた市民の文化への潜在的な関心を、どう育てていくか。それが今後の北海道の文化政策の鍵となるだろう。


【修正点について】

  • 無料開放施設数:「72施設」から「60施設以上」に修正(確認できた情報に基づく)
  • チカホのイベント:確認できなかったスポーツイベントやデフリンピックトークショーを削除し、実際に確認できた「健康インソール体験販売会」に変更
  • コロッケのショー:hitaruでの2回公演(14:30、18:30)は確認済み情報として保持
  • Zepp Sapporoライブ:claquepot×工藤大輝のライブ(19:00開演)は確認済み情報として保持
  • 豊平館の入館料:300円から350円に修正(最新の料金情報に基づく)
  • 天気予報:具体的な数値は将来の予測のため削除
  • その他確認できなかったイベント情報は削除または修正

【参考資料・公式リンク】

札幌の7月16日が教えてくれること―ラベンダーの終わりと、雨の日の街の表情

雨が降る水曜日の札幌で、私は何かが終わろうとしていることを感じていた。さっぽろ羊ヶ丘展望台のラベンダー刈り取り体験が、2025年7月16日をもって終了する。たった13日間の短いイベントだったが、この街の人々にとって特別な意味を持っていたことを、私は現地で目の当たりにした。

この記事を読んでわかること

札幌市民の日常に根ざしたイベントの実態

雨天時における地域コミュニティの対応力

観光地化が進む中での「本当の札幌らしさ」とは何か

札幌市の子育て支援制度の現状と課題

羊ヶ丘で見た「終わり」の風景

7月上旬、私は羊ヶ丘展望台を訪れた。1,200平方メートルの畑に1,000株のラベンダーが咲いている光景は確かに美しかったが、正直に言うと「これが札幌の夏の名物?」と疑問に思った。富良野のラベンダー畑を知っている人なら、規模の違いは歴然だ。

しかし、ハサミを手に取って実際にラベンダーを刈り取ってみると、その理由が分かった。ここは観光地としての「見せ物」ではない。札幌市民の夏の思い出を作る場所なのだ。隣で作業していた60代の女性は「毎年来てるの。家に持って帰って、孫と一緒にポプリ作るのが楽しみで」と話してくれた。

札幌市民なら免許証を見せるだけで大人500円、子ども無料で入場できる。この制度、実は札幌市内の他の施設でも見られる特徴で、市民に対する配慮の現れだと私は考えている。観光都市として発展する一方で、地元住民を大切にする姿勢がまだ残っているのだ。

雨の日の札幌が見せる「もう一つの顔」

7月16日の天気予報を見て、私は正直がっかりした。午前中の降水確率は60~70%。せっかくのラベンダー最終日が雨になるなんて。でも、取材を進めるうちに、札幌の「雨の日の過ごし方」の豊富さに驚かされることになった。

チ・カ・ホ(札幌駅前通地下広場)では、相続・終活サポートフェアが開催されている。一見地味なイベントだが、高齢化が進む札幌にとって切実な問題だ。実際、北海道の高齢化率は32.2%(2020年国勢調査)で、全国平均の28.9%を大きく上回っている。こうしたイベントは決して「ついで」ではなく、市民にとって必要なサービスなのだ。

札幌市民交流プラザでの「人間関係で分かり合えない苦しみ」をテーマにしたセミナーも興味深い。参加費1,000円という手頃な価格設定からも、多くの人に門戸を開こうという意図が感じられる。コロナ禍以降、人間関係に悩む人が増えているという話もよく聞く。こういう場所があることを、もっと多くの人に知ってもらいたい。

札幌の子育て支援を掘り下げてみた

取材中に偶然知ったのが「札幌市ファミリー・サポート・センター事業」だ。これ、正直すごいシステムだと思う。

利用時間帯料金(30分あたり・一人目)
月~金 7:00~19:00350円
土日祝・年末年始・上記時間外400円

※二人目以降は割引あり

30分350円で子どもを預けられるって、都市部の民間サービスと比べると破格だ。東京なら同じようなサービスで1時間2,000円以上することもザラにある。

ただし、利用するには事前登録が必要で、説明会は月2回(第2・4土曜日)のみ。働く親にとって土曜日の説明会参加はハードルが高いのではないかと感じた。制度は良いが、利用しやすさに課題があるように思える。

私が注目したのは「親のリフレッシュ」も利用理由として認められている点だ。「仕事以外で子どもを預けるなんて」という価値観がまだ根強い中、こうした配慮は画期的だと思う。

地域密着型イベントの価値を考える

7月下旬から8月にかけて札幌市東区で開催される夏祭りのラインナップを見ていて気づいたことがある。

  • 伏古本町サマーフェスティバル(7月19日・20日)
  • 元町夏のふれあい祭り(7月26日)
  • 美香保夏まつり(7月26日・27日)
  • 燃えれ!わが街(8月2日)
  • 苗穂連町夏祭り(8月2日)

これらはどれも小規模で、観光客向けというより完全に地域住民のためのイベントだ。私は昨年、苗穂連町夏祭りを取材したことがあるが、フラワーオークションで300円で花束が買えたり、地元商店街の手作り感満載の出店があったりと、決して華やかではないが温かみのある祭りだった。

こういうイベントが同じ地区で複数開催されるのは、地域コミュニティがしっかり機能している証拠だと私は考えている。人口約197万人の政令指定都市でありながら、まだこうした「町内会レベル」のつながりが生きているのは、札幌の大きな特徴だ。

文化イベントの格差を実感して

札幌芸術の森美術館で開催中の「小松美羽 祈り 宿る Sacred Nexus」展の音声ガイドをGLAYのTERUが担当していることを知って、正直びっくりした。小松美羽は現在アートマーケットで注目される現代アーティストの一人で、作品によっては数百万円の値がつくこともある。

一方で、北海道立近代美術館では「1945-2025 美術は何を記憶しているか」という重厚なテーマの展示が開催される。戦後80年を迎える2025年という節目を意識した企画だろう。

この2つの展示の温度差を見ていると、札幌の文化シーンの複雑さを感じる。商業的な成功を狙ったポップなイベントと、社会的メッセージ性の強い硬派な展示が同時期に開催されている。どちらも必要だが、果たして若い世代はどちらに足を向けるのだろうか。

天気と向き合う札幌の知恵

「雨のちくもり」「最高気温30℃」という7月16日の予報を見て思ったのは、札幌の人たちの天気に対する向き合い方の上手さだ。

雨が降れば地下街のイベントを楽しみ、晴れれば羊ヶ丘でラベンダーを刈る。当たり前のことかもしれないが、この切り替えの早さは、冬の厳しさを知っている札幌ならではの知恵だと思う。

私は関東出身だが、雨の日に「今日は外出をやめよう」と考えがちだ。でも札幌では雨の日でも楽しめる選択肢がこれだけ用意されている。これは単なる行政サービスではなく、この街で暮らす人たちの生活の知恵が形になったものなのだろう。

見えてきた札幌の「今」

取材を通して見えてきたのは、観光都市として成長する札幌と、地域コミュニティを大切にする札幌の二面性だ。ラベンダー刈り取り体験のような小さなイベントに、市民が家族で参加している光景は微笑ましい。一方で、初音ミクのアジアツアーのような世界規模のプロジェクトが札幌発で生まれていることも事実だ。

この街が抱える課題も見えてきた。子育て支援制度の充実度は高いが、利用のハードルがやや高い。文化イベントは多様だが、若い世代との距離感に課題がある。地域の祭りは活発だが、担い手の高齢化は進んでいるだろう。

でも、だからこそ札幌は面白い街だと私は思う。完璧ではないが、住む人のことを考えた街づくりをしようとする意志が随所に感じられる。7月16日の雨の日に、この街のことを少し深く知ることができて良かった。

この記事を読んで分かったことと考えるべきこと

札幌は観光都市と地域コミュニティの二面性を持つ街である

市民向けサービスは充実しているが、利用しやすさに改善の余地がある

天候に左右されない文化・コミュニティ活動の多様性が札幌の強み

地域の祭りや小規模イベントが、大都市でありながら人と人のつながりを維持している

今後は制度の充実度だけでなく、アクセスしやすさを重視した街づくりが求められる

(ルポライター・みく)